2014年5月29日木曜日

「先生って悩みなさそうだね」と言われた日のこと

誰でも気分の良い日と悪い日があるかと思います。
気分の良い日は当然のごとく良いのですが、悪い日が問題です。出掛けに家族とケンカしたとか二日酔いで頭が痛いとか理由は様々でしょうが、全く無関係の人に影響を与えてしまってはよくありません。

職場の上司の機嫌が悪い日は何とも憂鬱です。無愛想なだけでもこっちは気を使うのに、よく分からないことで怒られた日にはやり切れません。そして問題なのが機嫌の悪い本人は自分の事に気付いていないことがある、ということです。無意識に悪意を撒き散らすというのは性質が悪いです。

私の仕事は相手が子供さん達なので特に気を使います。
子供にとって大人の機嫌が悪いというのは大人どうしよりも辛いことだと思います。ですから特別意識していなければいけないと考えます。

ただ問題は本当にそれが出来ているのか?ということでしょう。やはり自分自身では分からない部分があります。常に気を使っているつもりですが、自信が持てないのも事実です。

ですが以前、生徒さんから言われたことがあります。
「先生って悩みなさそうだね」
この言葉を聴いた瞬間に「勝った!」と思いました。「勝った」というのは変な表現ですが、自分の気分に勝ったというような心境でしょうか。
なぜかというと、この言葉をかけられた時期は私にとって非常に辛い時期の1つだったからです。
その時期とは、今はもう亡くなった父が闘病生活をしていた時期です。

もともと県外で会社員をしていた私は父の病気を期に帰郷しました。自営業だった我が家を助け、父の闘病を助けることが大きな目的でした。(実際に出来ていたかどうかは別です)1人経営の自営業ではゆっくり治療など金銭的に困難です。ただでさえ治療にお金がかかるのに仕事が出来なければとてもまかなえません。
この頃は毎日、悪化する病状と苦しい懐事情、先の見えない不安感との戦いでした。はっきりいって気の休まる時なんてありませんでした。
ですがそういうことを外で出してはいけません。特に子供さん相手の仕事です。仕事に入る瞬間に気持ちのチャンネルを切り替えて家の事情は忘れるよう努めていました。自分では出来ているつもりでした。仕事が終わった瞬間に襲ってくる現実に戻される憂鬱な感覚は切り替えられていたからこその感覚だとも考えていました。。ですが客観的な意味では分かりません。出来ているつもりでも不安はありました。
そんな時にかけられたのが先ほどの言葉「先生って悩みなさそうだね」です。
最高の褒め言葉だと感じました。
全ての子がそう思ってくれているとは限りませんが、少なくともこの生徒さんには心の内をきちんと隠せていたようです。

気分に左右されず他人と接する、完璧に出来ているとは思っていませんが中級者ぐらいにはなれたのかも知れません。それはともかくとしても意識することは大切です。

気持ちよく過ごせる環境をつくることも私達の大切な仕事です。これからも頑張っていきます。

2014年5月21日水曜日

久々に献血に行ってきました。

「自分というのはあまり世の中の役に立っていないな」などとネガティブなことが頭をよぎってしまったので献血に行ってきました。およそ1年振りです。

前回はたまたま献血車を見かけたので立ち寄ったわけですが、今回は積極的に献血センターまで行くことにしました。ですがよくよく思い出してみると献血センターは塾の近くだったのでそれほど大変なことではありませんでした。出勤時にちょっと寄り道ぐらいのものです。

というわけで少し早めに家を出て献血センターへ!

はじめての場所に行くというのはやはりちょっと緊張します。
「駐車場はここで良いのか?」「入り口はこっちか?」などと思いながら恐る恐る入ると予想よりも綺麗な施設に驚きました。建物の外見ははっきり言って古かったのですが、内装は途中で手を加えたのか清潔感のある新しめな感じです。「やっぱり綺麗じゃないと人は来ないよな」と勝手に納得です。そして平日にも関わらず10人ほどの人がいた事にも驚きました。男女や年齢も様々です。意外といっては何ですが、意外でした。

待合室には飲み放題のドリンクバーと雑誌やら漫画がいくらか置いてありました。小分けのお菓子もいっぱい置いてあり自由に食べれます。そしてテレビではドラえもんが放送中。至れり尽くせりです。そして漫画のラインナップが若干マニアックだったのが気に入ったのですが、意外と手続きが早く進みゆっくり読んでいる暇はなかったです。

まずはじめに献血カードを提出してアンケートに解答。カードには暗証番号が設定してあるとの事でしたがすっかり忘れていたのでいつものを試しに入力したら通りました。どこでも一応セキュリティーには気を使っているのですね。ちなみにこの日は全血で400ccとしました。

しばらく待つと問診です。問題なく通過。

そして検査用の軽い採血をします。
何回やっても注射は嫌いです。針を見ているとどうしても怖くなってしまうので「やっぱり怖いですね」なんて話しかけて気を紛らわします。
「刺すときは針を見ていますか?」と聞かれて、私はいつ刺さるか分からないほうが怖いので見ると答えたのですが、採血してくれた看護師さん(?)は逆に怖くて見れないそうです。
「他人には刺すんだけどね、自分のはね」と笑っていました。

それが終わるといよいよ本番の採血です。その前にしっかり水分を採ってくるよう言われたのでドリンクバーに寄り道。覚悟を決めていざ採血!

ゆったり座れる椅子にスタンバイすると一人に1台テレビがついていました。ご丁寧なことにスピーカーはスタンバイした椅子の頭のところにあり良い音で視聴できます。リモコンも持ってきてくれて準備は完了です。

本採血用の注射針は太めです。はっきりいって非常に怖いです。そしてまた準備に若干の時間が掛かるのも怖さを増してくれます。ここでも気を紛らわすために「待っている間が一番怖いですね」などと話していました。すると腕に消毒液(茶色っぽいヤツ)を塗りながら「御免ね、これが乾くまでまた待ってもらうんだわ」と残念なお知らせが。
採血自体は5分~10分ほどであっさり済みました。

そして2回も注射されましたが泣くことはありませんでした。良かったです。

採血が終わると水分をしっかりとってしばらく休んでから帰るよう言われたので、再びドリンクバーへ向かいしばしゆったりしました。そうしていると受付の人がやってきて書類と共にお土産をくれました。液体洗剤、ドリップコーヒー、そして待合室設置の自販機でアイスが貰えるメダルと結構豪華です。
案内によると血液はあまり長く保存して置けないので2~3日中には使ってしまうとの事。安定して献血には来てもらわないといけないことになりますから、色々とサービスしてくれるのですね。そしてそれぐらいしても血が必要ということでしょうか。改めてまた来ようと思いました。

ところで私の血液はもう誰かの体の中に入っているのでしょうか。献血した日から考えるとそのはずです。私の知らないところで知らない人の役に立つというのは不思議な気もします。どうか誰かの体で役に立っていますように、決して蝕んだりしませんようにと願うばかりです。

はじめてのところに行くのは少し億劫ですが、分かってしまえば気楽なものです。次に来れるのは8月と書いてあるので、暑い盛りの時期に休憩がてらまた行こうと思います。
社会の役に立ったと自己満足できるのは案外悪いことではない気がします。

2014年5月14日水曜日

宝くじですか、そうですか。

今日から宝くじの販売がはじまったようです。私は買ったことがないのでテレビで見るまで知りもしませんでしたが、過去最高額なのだそうですね。前後賞あわせて5億5千万円だそうで、つい夢を見てしまいそうになります。

ですがどうしても私は宝くじを買う気になれません。別に買っている人を批判する気はないのですが、どうしても当たるとは思えないからです。

まず宝くじは買った時点で半分ほどが運営資金等のいわゆるテラ銭として取られます。いきなり半分ですから多すぎるように思えて仕方がありません。
そして1等の当選確率がだいたい1000万分の1ぐらいで、これはある統計によると歩いていて雷の直撃を受けるよりも低い確率だそうです。
以前ある人が言っていました。「宝くじは当たると思うのに、車には轢かれないと思うのは何故だろう?その確率の方がはるかに高いのに」だそうです。この言い方もどうかとは思いますが、理解も出来ます。

あといつも気になるのが「よく当たる売り場」というやつです。本当にそんなものがあるとしたらそれは不正があるとしか言えないはずです。結局のところいっぱい売れている売り場からは当たりが多く出るというだけの話ではないでしょうか?分母を見ずに分子だけ見てしまうと当たりが多いように勘違いしますが、確率は同じはずです。というよりそうでなければ仕組みの不備ですから。

他にも言いたいことはありますが、要するに愚痴です。
誰かには絶対に当たるわけですし買わなければ絶対に当たらないのだから、そんなに気になるなら買えば良いのに、という話でした。

2014年5月9日金曜日

小心者の後悔(思考力と時間経過における相関の考察?)

先日のことです某レンタルショップにてDVDを借りました。するとクーポンが出てきました。そこには「全品半額」とあり、注意書きには1会計で本券1枚使用できますとあったので何でも1本だけ半額になると理解しました。
でもひょっとすると1会計全部が半額になるのかな?などとも思ったのですが、そこまでサービスしてくれないだろうと勝手に思い込んでしまったのが失敗の始まりです。気になったのなら聞いてみればいいのに面倒くさがったからいけません。

後日、そのクーポンを使うべくDVDを借りに行きました。半額になるということで普段は借りない新作を1本と旧作を数本手に取りレジに向かいました。
クーポンを出して新作を指して「これにお願いします」と告げると「会計全体が半額ですので」との返事が。

瞬間的に色々なことを考えました。会計全体が半額になるならもっと借りたいものはあったのです。
会計を待ってもらい追加を持ってくるか?一旦クーポンは引っ込めるべきか?
ですが小心者の私はそういう咄嗟の場合に弱いのです。結局、何もせずそのままお会計をしてしまいました。

ここからが大変です。時間が経てば経つほど半額クーポンを使ったもっとお得な借り方が浮かんでくるではありませんか。得をしたはずなのに何故か損した気分のモヤモヤがしばし晴れませんでした。

咄嗟の場面で思考を瞬時に廻らせられなかった場合、その余波は後から来るようです。
立ち上がりの悪いパソコンのようで、起動させたは良いがすぐには使えず必要な時期が去ったあとで本格的に動き出します。電源オフにも時間が掛かってしまい、その間にあれこれ考えて悔しく思う。

瞬時に立ち上がり瞬時に切れるパソコンがほしいです。

2014年5月2日金曜日

自前ヴァーチャルノートを持っていた先生

科学技術の発展は凄いもので、ちょっと前まではSFだったようなものが現実の製品として次々世の中に出ています。面白そうなものは色々とありますが、その中でAR(拡張現実)の技術にはワクワクするものを感じて仕方がありません。
現実の風景映像に道案内のCGを表示して目的地まで案内してくれるナビソフトなどというものはすでにスマホのアプリとしてあるようですが、これが誰でも使える製品にまでなっていることにはとても驚きです。

と、そんな話も楽しいのですが今回の内容はちょっと違います。
今回話したかったのはそんな技術が全然無い数十年前にすでにヴァーチャルノートなるものを持っていた人の話です。

その人は私が生徒として通っていた塾の先生です。
随分と昔の話になりますがこの先生は凄い人でした。自習形式の塾を運営していたのですが、小学生から高校生までの全科目に1人で対応するという超人振りです。自習形式ですので先生は質問に答えることが主な仕事だったわけですが、いつどんな科目を質問しても基本的に調べたり悩んだりすることはなくその場で答えてくれる様な先生でした。

現在講師をやっている身としてはとても考えられない凄さだとしか言えません。こちらで用意した課題でなく、自由に持ってきた課題を自由に質問してくるわけですから予測は不可能です。加えて大学入試レベルの問題にでもなると初見で即答が困難なことは想像していただけるかと思います。
ですが、その先生はそれでも平気でした。いつでもどんな時でも当たり前のように解いて教えてくれます。

指導のスタイルも凄いです。
例えば数学の問題だとします。まず分からない問題があると生徒は先生を呼びます。すると先生は問題をしばらく眺めます。そしていきなり生徒のノートに万年筆で解法を書きながら説明をしてくれます。
説明の前に準備らしい準備など全くせず、まるで解法を写しているかのように迷いなく一発で書き切ってしまうのです。入試レベルの数学ともなると複雑な計算がノートの1ページを超えてしまうぐらいのことは普通にありますが、その全てがほとんど迷いなく一発で書き切られます。
とても真似できません。

ある日、その完璧なまでの指導が不思議だった私は先生に質問をしました。
「なぜそんなにスラスラと解けるのですか?」
すると先生はその秘密を教えてくれました。
「ヴァーチャルノートがあってそこに一度解いてみてから、それをノートに書き写しているんだよ」
つまり先生には自分にしか見えないヴァーチャルノートがあり、そこに一旦解法を書くのだそうです。そして答えまでたどり着いて内容が正しいことを確認した上で実際のノートに書き写すのだと。書き写すだけだから実際のノートに書くときはスラスラ書けるということです。先生によるとノート見開き分ぐらいはそのヴァーチャルノートに書けるそうです。

驚きました。私はどんなに頑張ってもせいぜい2~3行が良いところですから信じられない気分でした。ですが信じようと信じまいと現実にスラスラとノートを書く様を見ているので信じるしかないという気分です。

あらゆる学年のあらゆる科目に即時対応できるだけでも凄いのに、そんな隠し玉があったとは!
何の勝負をしたわけでもないのですが、勝てないと思いました。

ちなみに先生によると全盛期はヴァーチャルノートのページをめくれたそうです。だから手ぶらで外出してもそこでパラパラとページをめくり勉強が出来たのだと。

機械の力で色々なことが出来るのはとても便利で楽しいことですが、人間の能力も捨てたものではないようです。とてもこれが真似できるとは思いませんが、ただ機械に頼ってしまわず、自分磨きをすれば多少は良くなるかもしれません。

まだまだ未熟な私ですが、これからももっと頑張ります。